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Hetal1ty Blog Magazine

 
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チャリンコ日本縦断旅行 前編

私が一昔ほど前に自転車で日本縦断の旅をしたときの話でも書いてみたいと思います。
本当は日本縦断ではなく日本一周のつもりで出発したのですが、思ったよりも日数がかかりそうだったのと、
日本海側がつまらなさそうに見えたという理由から途中で変更しました。
なぜ旅をしたのかと言うと、学生時代から自転車で走り回るのが好きでいつかは日本一周or日本縦断をやりたいなぁ、と憧憬を抱いていた為。


旅行で実際に使っていた日本地図&手帳。
通ったルート、何km走ったか(サイクルメーター計測)、何を食べたか、いくら使ったかなどを簡単に記録してあります。
当時の写真も交えて書いてみます。あまり良い写真はないけど。
 


相棒に選んだ自転車はマウンテンバイク「Jamis Dakota XC」。自転車だけで当時20万円近くしました。一人旅が終わってからも乗る気だったので奮発。
大手企業を数年間務めて退職した直後だったので旅行費用と時間はある程度余裕がありました。
4月1日のエイプリルフールに地元和歌山から出発。

装備品はこんな感じ。
テント、テント用シート、シュラフ、工具類、パンク修理キット、インフレーター、エアーサスペンションポンプ、ごつい盗難防止用チェーン、
ラジオ、ランタン、カメラ、雨具、着替え、携帯食料、地図、手帳、MDウォークマン、携帯電話&充電器、保険証など。
最初の頃はここにキャンプ用ガスストーブ、コップ・皿も積み込んでいたので相当な重量に。
カップラーメン、温かい飲み物にと用意しましたが、さすがに重すぎたので出発して一週間後には実家に送って軽量化しました。
この写真には写ってませんが背中にも40リッター級のバックパックを背負っていました。
ちなみに写真はデジカメではなく普通のカメラで撮ったものをスキャナーで読み込んでいます。


出発当日の野営。大阪府堺市の大和川にて。
慣れていないせいかテント設営に20分ぐらいかかっていたのを思い出します。
翌朝、ガスストーブで沸かしたホットコーヒーを飲んでいたらホームレスの人達に応援されて少し焦りました。


兵庫県芦屋市あたりの小川にて。
4月だったので桜が綺麗に咲いていました。
このへんはご近所の尼崎市に数年間住んでいたこともあり自分のテリトリー。


姫路城。
出発してから4日目に訪れましたが、慣れないSPD(専用シューズの底面に引っ掛けて使用するビンディングペダル)と荷物の重さのせいで膝が崩壊寸前。
おじいちゃんの如く膝を曲げながら芋虫の歩行速度で城内を観光しました。
旅行中に著名な城をいくつか訪れましたがやはり姫路城は「日本の城!」というオーラが一番感じられます。


広島県呉市からフェリーで愛媛県松山市へ。
四国では八十八箇所礼所巡りをしている「お遍路さん」をそこいらで見かける。
そして昔からの風習でお遍路さんに対して無料でご馳走してくれる飲食店があったりする。
お遍路さんではないが私も何度かご馳走になった。感謝。
赤いママチャリで日本一周をし続けているという50代ぐらいのおじちゃんに出会った。
話を聞くと日本3周目との事だった。強者過ぎる。

四国最南端である足摺岬の近くに足摺スカイラインという長さ5kmほどの峠道がある。
別に通らなくても足摺岬には行けるのだがどんなものかと軽い気持ちで試しに入ったのが間違いだった。
途中から体長3~4cmぐらいの黒いハチが山全体にブンブン大量群生。
これを避けつつ峠道を進まなければならず正直この旅で一番辛かったポイント。


高知県東洋町の海。
四国の海は全般的に綺麗だったがここは特に綺麗だった。サーファーに人気のスポットらしい。


四国のどこかで出会ったフッサーラの野良猫。
人懐こかったので思う存分モフらせてもらった。



長くなりそうなので続きは後編に・・・。
チャリンコ日本縦断旅行 後編


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